週の終わりの土曜日。
明日は休みだと思うと、普段と同じ作業も少しは楽になります。
片付けも含めた全ての仕事を終えて、解放感に包まれながら休憩室に戻ると
S木さんが座り込んで、何かをしていました。
何かと思って目を凝らすと、新品のフェイスシールドが見えました。
フェイスシールドの透明部分に貼られた、保護シールのようなものを
剥がしていたようです。
しかもそれは、皆が使っているサンバイザー型のものではなく
メガネのようなフレームが着いたものでした。
「あっ、それいいですね!」
と声を掛けると、S木さんは笑顔で答えました。
「いいでしょ~。
前の奴は熱がこもって、すごく暑いからね。
こっちのは風通しがいいから涼しいと思うよ」
サンバイザー型の物は、額に当たる部分にスポンジが付いているせいか
顔全体が蒸れて暑いし、内側がすぐに曇るのです。
自分でも買おうと思い、どこで買ったのかS木さんに質問すると、セリアとのこと。
110円なら安いと思ったものの、近所にダイソーはあってもセリアはありません。
残念そうな感じが顔に出てしまったのか、S木さんは防護シールを剥がし終えると
そのフェイスシールドをこちらに差し出して言いました。
「2つ買ってきたから、1個あげるわ」
たぶん片方はスペアのつもりで買ったのだろうと思い、申し訳ないと思って固辞すると
「いや、いいのいいの。
その代わり、T中さんには私が上げたって言っちゃダメだよ。
あの人すごい嫉妬するからさ」
とS木さん。
「何かさあ、キミが仕事早くなってきたなあと思って、言おうかと思うんだけど
T中さんの耳に入ると『それくらい私でも出来る』って、不機嫌になっちゃうからさあ。
道具庫とかで会っても、言わないようにしてるのさ、面倒臭いから」
心当たりがすごくあるので、どう答えていいのか困ってしまいましたが
「多分、負けず嫌いなんだと思うんですよね…」
とだけ返しました。
S木さんは
「くるさんは結構歳が下だから、面倒見ようと思うけど
66の婆さんが63、4の人にどうこう言われても、別に同世代な感じだし
ほんと困っちゃうんだよね~」
と言いながら、自分の分のフェイスシールドを装着すると、部屋を出て行きました。
人には相性があるし、私にはどうしようもない事なのですが…
職場の狭い人間関係がぎこちないと、精神的に結構削られるものだと
改めて思いつつ、帰り支度を急ぎました。