リビングで倒れている私の耳に、聞き覚えのある声が届いたのは
それから2、30分経ってからでしょうか。
玄関先で誰かが話をするとともに、ガチャガチャと鍵を開ける音がして
おもむろに目を開くと、心配そうなBさんと、驚いたような管理人さんの顔が
斜め上から私を見下ろしていました。
「ちょっと私じゃ病院に連れて行けそうにないから、救急車呼ぶね」
と言います。
一瞬、大袈裟なような気がしましたが、現実に動けないのだし
「うん」
と答えるしかありません。
すると管理人さんが
「かかりつけの病院はありますか?大きい病院ですか?」
と訊いてきました。
わたしが先日薬をもらった病院名を答えると
「ああ、じゃあ、そっちに運んでもらったほうがいいね」
と言いながら、電話をかけているようでした。
そこからしばらく、また吐き気と、ぐるーっと大きく
体を揺さぶられるようなめまいと戦いながらじっと待っているとインターホンが鳴って
気付くと数人、多分3人くらいの、白衣にヘルメットの男性の姿が
すぐそばに現れました。
その中のリーダーっぽい人に、今の気分やいつからこの状態なのかを尋ねられた後
「搬送しますが、身体を動かせますか?」
と身体の右側に担架を置かれました。
私は頭を極力動かさないように、首から下だけ少しよじって
右側の担架に右半身を乗せ、次は左半身を担架側に転がすような感じで
なんとか上に乗ると、家にあったバスタオルを体に掛けられ
そのままベルトで担架に括り付けられました。
「持ち上げますから、気分が悪かったら言ってください」
とリーダー格の人に声を掛けられると、そのまま「よっこらしょ」という感じで
3人がかりで持ち上げられ、申し訳ない気分になりました。
エレベーターが狭いので、頭を上にして、少し斜めになりながら1階に降りると
マンションを出たところでストレッチャーに移動。
ちょうど雨が降り出したところのようで、まばらに降る大きい雨粒が
手足にぱたっ、ぱたっと当たります。
「上げますよー」
の声とともに、ストレッチャーがぐっと高く上げられ
「ちょっとガタガタしますよ」
の言葉通り、ガタガタと救急車の中に押し込まれました。
車内では左手の人差し指をアヒルの口のようなもので挟まれ
血圧と体温を測られながら、これまでの体調の経過に関する質疑応答。
その間もずっとめまいは続いていて
乗っている車が発しているサイレンがずっと遠くから、でも
自分から離れずに付いてきているように聞こえます。
視界に入る救急車の天井には、観光バスの背もたれにあるような網があって
書類が何組か挟まっていて、質問が終わった後はそれをじっと眺めているだけでした。
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