「返して」と言ってみたら

「お疲れ様でーす」

と声を掛けながら部屋に入ると、200円の人の他にもう一人、主婦のパートさんがいて

すでに着替え始めていました。

ここで咄嗟に思ったのは

（他の人がいる前で、少額とはいえ借金のことを切り出していいのか？）

です。

迷いつつも、もう一人のパートさんが先に着替え終わりそうな雰囲気だったので、その人が

先に帰って、2人きりになったら言ってみようと考えをまとめました。

自分も着替えながら機をうかがっていると、無関係のパートさんが身支度を終えて

「お先に失礼しまーす」

とロッカールームを出て行きました。

部屋に残っているのは、例の200円の人と私の2人きり。

あるだけの勇気をかき集めて、その人の方に向き直って

「あのね、この間の卵代のことだけど…」

と言いかけたところで…

そのパートさんの表情が、とくに何も考えてない顔から

一瞬で（うわ、面倒臭せえ！）といった雰囲気になったのです。

しかし、そのまま手持ちのバッグをまさぐって財布を取り出し、こちらに向き直ったときには

またの前の表情に戻っていて

「あー、はいはいはい、200円ね。

すいませーん、忘れてましたー」

とこちらに100円玉を2枚差し出す頃には、むしろうっすら笑顔さえ浮かべていました。

「あ、うん、いいよー」

そう言って硬貨を受け取り、自分の財布にしまっているうちに、『200円の人』も

ロッカールームを出て行きました。

結局お金は返してもらえたし、何ごともなく終わったはずなのに

声を掛けた直後の表情が記憶から消えなくて、果たして「返して」と言って良かったのか

どうなのかも、自分の中で処理ができない感じが残りました。

とにかく、これからは少額でもお金の貸し借りはしたくありません。

自分の顔は鏡を見ないとわかりませんが、今の私も（うわ、面倒臭い！）という表情を

しているような気がします。