日曜日。
ダウンの代わりに砂を詰め込んだコートを着ているような
身動きの取り辛さとダルさです。
残業の翌日は大体こうなので、慣れてはいますが…
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私の母は70歳まで、午前中に清掃のパートをしていました。
膵臓がんで亡くなる2ヶ月前までです。
その頃私はもう札幌に来ていたので、詳しくは知らないのですが
倒れる半年くらい前から、仕事が終わると
「身体がえらい」
と、午後はほとんど横になっていたと聞いています。
当時、母は下の弟と同居していたので、弟に何度も
「たまには仕事を休ませてもらったら?
俺が面倒見るから、何なら仕事を辞めてもいいよ」
と言われていたようですが
「仕事、休みたいけど忙しいからって休ませてもらえない。
辞めたいけど、人手が足りないし、年金だけだと心細いから」
と仕事を辞めずにいました。
ある日、母が仕事に出られないくらい体調を崩し、病院に駆け込み
検査を受けたところ、末期の膵臓がんが見つかり
余命2ヶ月との宣告を受けたのです。
そして、きっちり2ヶ月後、その生涯を閉じました。
今朝になって、そのいきさつを思い出し、愕然としました。
私も、母と同じ道を歩んでいるのではないか?
母の最期がそうだったことは、忘れてはいないけれど
記憶の底に深く仕舞い込んで、取り出して眺めるようなことはしませんでした。
「NO」と言えない優柔不断の血筋を、私も脈々と受け継いでおり
似たような局面を迎えていることに、少なからずショックを受けました。
だけど、ここに来て急に、そんな記憶が浮かび上がったことの意味。
それを考えるべきなのでは…
今はそう思うのです。
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