足元は雪、空は晴れ。
時間に捕らわれる生活を終えました。
仕事を辞めた実感が湧かず、今この瞬間も、これまでの3勤1休の休日と変わりません。
頭のぼんやりが晴れるまで、時間がかかりそうです。
とにかく辛かった昨日の朝。
精神的なものではなく、単純に寝不足で体がしんどかったのです。
家を出る時間まで、体調不良で欠勤できないか、真剣に悩みました。
それでも時間が来れば、身支度をして家を出ているのですから、習慣とは恐ろしいものです。
月末に入館証の期限が切れたので、借り物のカードを提示して会社の建物に入りました。
打刻するパソコンのところのシフト表を見ると、いつもの倍近い人数の名前が。
新しく大規模な研修が始まったようです。
次はどれくらいの人が残るのでしょうか。
いつものように仕事を始めましたが…平日の割に電話数が多く、息つく暇もありません。
コロナの影響で、品切れするもの、営業を自粛する場所が次々広がってきています。
物が買えなくて怒鳴ったり、皮肉を言ったりするのは、男女共通。
しかし
「テレビではデマだと言っていたのに、なんで品切れしてるのか」
苛立ちながらこう聞いてくるのは、ほぼ100%、男性です。
スタートがデマでも、不安に駆られた人が多ければ、品物はどんどん買われて在庫は切れます。
ただでさえ外出は控えるように言われているのです。
棚に一つ空きが出来れば
(あれも無くなるのでは、これも無くなるのでは)
と、生活になくてはならないものから、次々品薄になっていきます。
それをかいつまんで説明しても、なかなかご理解いただけないものです。
パソコンの右下の小さい時計を何度もチラ見して
(まだ始業から1時間…)
(まだ昼休みまで2時間…)
などと、のろのろ進む時間の中、いつもよりはるかに多い苦情を処理しました。
昼休みは午後3時。
人の少ない休憩室で窓際を陣取って、ビル街を抜けて飛ぶカラスを見ながらの昼食です。
結局、社員食堂を使ったのは数回。
時間がいつもイレギュラーだったので、1人で弁当を広げるばかりでした。
それはそれで、気楽ではありましたが。
夕方あたりから、少しずつ時間の進行が早まりました。
(あと3時間…)
(あと2時間…)
そうして8時を過ぎて電話が減り始め、余裕が出てくると、急に
(ここに来なくなるまで、あと50分…)
(こうして電話を取らなくなるまで、あと30分…)
(ここの誰とも顔を合わせなくなるまで、あと10分…)
みたいなカウントになり、寂しさのようなものが、うっすら感情に混ざってきました。
だからといって、ここに残ろうとは思わないのですが…
それでも全てが100%嫌な職場でない限り、感傷的になっても仕方ないような気がします。
数カ月とは言え、慣れ親しんだ場所を去るのですから。
カードやファイルを入れたボックスをすべて返却し、SVさんに挨拶しました。
「今まで本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます、何度も残業とかしてもらったし…
よかったらいつでもまたうちに戻ってきてください」
オペレーターさん達は忙しく働いているので声はかけず、そっとその場を立ち去りました。
とりあえず契約満了です。
社交辞令でも、普通に人手不足でも、戻って欲しいと言われるのはありがたいことだと思います。
派遣だけれど、一応円満退社の部類でしょう。
建物から出たら、湿った小さな雪が降っていました。
帰りの地下鉄に揺られつつ、ぼんやり先のことを考えようとしましたが、何も浮かびません。
肩の荷が下りたのに、何か後ろ髪を引かれるような、複雑な気持ちでした。